ちょっと不思議な毎日と、手仕事のことなどを、のんびりメモしていこうと思います。
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今朝、自転車に乗っているとき
ハートチャクラがすごくぐわわわーっとなる感じがあって
何故か涙目で自転車をこいでいました。
スイス以来ちょっと遠く感じていた天使さんが
最近また近い感じがしています。
(ずっと居ましたよと淡々と言われるのでしょうけど)


今日は、渡された天秤のことを思い出しました。


ミカエルさんの持ち物、剣と天秤。
ずっと疑問だった、それを両手に持っての
ノンジャッジメントの意味。

向こうに行く前、立ち寄った本屋さんで
ミカエルさんの名前について書かれたものを読んだことを
以前の日記にも書いたのですが、
「神に似たもの」という意味より以前に
「神に似たものは誰か」という問いが名だったということ。

その疑問と名を持って向き合ったベルン大聖堂の最後の審判。
あまりに穏やかな表情。

その後、これはテストだ、という出来事が起こり、
帰途についてやっと気付いたこと。


あの天秤は彼の持ち物ではない。
彼に向き合う者が持つものなのだ。

量るのは常に自分自身であり
彼はその傾きに剣を降ろすだけなのだ。

ノンジャッジメント。
彼は量らない。

そしてその名、「神に似たものは誰か」
向き合うことが問いであるその名。

神の似姿。
ひと。

向き合うことで教えられる、自分自身の神性。
天秤は、常に自分の中にある。


尊く重いその天秤。
ありがとう、大事にします。




自分の発した言葉が返って来るのです。
重みとなって。
今日、すごくそれを感じました。
軽く茶化したように口にしても
天秤は内側にあるから、自分自身をだませない。
天使さんが近いときは反動も大きい気がします。
ニュートラル。深呼吸、深呼吸。


そういえば、先日エンジェルカードリーディングをされる方と
色々おしゃべりをする機会があり、その時見せていただいた本に
ザドキエルさんとミカエルさんのことが載っていました。
お二人、たまに忙しいとき
お仕事の交代を頼んだりする良い同僚らしいです。
なんとなく納得しました。


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【2009/10/06 21:41】 | きっといるだれかのこと(すぴ)
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